第495章「う~ん」
金子弁護士は、私から、有紀の話を聞かされて、唸った。
「いえ、金子さんのご意見を聞けば、否定的お返事が返って来るだろうなと、想像していました。
法的には、将来厄介な問題を抱えることも承知しています。
万が一ですけど、そう云う問題が起きたら、”ゆき”と、次に生まれた子供とで、財産を分けて貰っても構わないと、思うところまでは、覚悟してます」
「いや、その前に厄介な問題があります。
実は、例の凍結保存精子の所有権は、竹村氏にありましてね、更新料も竹村氏が支払っている形になっています。
つまり、竹村氏が死亡したと判明した時点で、破棄される運命の精子なわけです。
まあ、病院の側にしてみれば、妙なトラブルに巻き込まれたくないというのが、本音でしょうけどね・・・・・・」
「相続権のような意味合いはないわけですね」
「えぇ、表向き竹村氏が死亡した時点で、所有権は消滅します。
ただ、現時点では、竹村氏が死亡した事実を病院の方は知らないので、手の打ちようはあるかもしれませんね。
違法な手続きとは、必ずしも言えないので、移送の手続きは可能でしょう。
ただ、移送先は、妥当な病院やクリニックになります。吉祥寺の自宅と云うわけにはいかないでしょう……」
金子は、考えながら話しているようだった。おそらく、このような入組んだ話を経験するのは初めてなのだろう。経験が浅いと云うよりも、私たちのようなケースを経験することが、稀なのは当然だった。
「凍結保存精子の受付先を示さなければならない・・・・・・。それって、人工授精するクリニックでないと、拙いのでしょうか」
「いや、保存する施設があれば、問題ないでしょう」
「ただ、あれですね、マタニティー関連である必要がある?」
「まあ、第三者として、保存に適した送り先だと判断する根拠が明確な点が肝心なのでしょうね」
「なる程、エクスキューズをしたいわけですね」
「そう云うことです」
金子弁護士との電話を終えて、私は、考えた。
最も妥当な線は、櫻井先生に頼みこむことだろう。
しかし、彼は大学病院の助教授と云う立場がある。学会の倫理委員会などから査問されたくはない筈だ。
村井先生のお父さんと云う手もあるけど、人脈としては、線が弱い。
国内で、どこの馬の骨か判らない精子の人工授精を引き受ける医師はいるのだろうか。移送先は、海外でも可能なのだろうか。
私は、無い知恵の範囲で、竹村の精子を有紀に注入する手立てを、あれこれと考えていた。
有紀の突飛もない提案を受け入れた私が、どうして、ここまで考え込むのか不思議だった。
気がつくと、竹村のさまよう精子の終着駅を探している自分がいることを自覚していた。さも、自分の生命の行き先でも探すようで、奇妙な感覚に襲われていた。
なぜなのだろう?
あの精子がこの世に存在している限り、私は、竹村から自由ではない、と思いこんでいるのかもしれなかった。
そういう感覚が、どこかで眠っていたから、あの精子を、自分の肉体で引き受けるという有紀の申し入れを受けていたような気がした。
潜在意識と云うものは、こういう形で行動に表れるのかと、興味深く感じた。
有紀の妊娠・出産は、それなりに世間を騒がすだろう。“誰が父親なのか?”
女優活動を一時中断して、姉である“竹村りょう”を売り出した、舞台演出家・シナリオライターの滝沢ゆきは、誰の子を妊娠したのか、世間はそれなりの興味を示すだろう。
その父親が誰であるか、ミステリーであればあるほど、世間の注目を浴びる。結果的に、舞台にも、好影響があるだろう。
まさか、姉である“竹村りょう”の亡き夫の凍結精子で妊娠したなどと妄想することはあり得ない。
しかし、内部通報と云うか、密告があれば話は違ってくる。
と云うことは、極力介在する人間の数を少なくすることが必要だった。
金子弁護士は、準当事者のようなものだから、内部通報するメリットはない。現在、精子凍結保存中の病院関係者も、事実経緯が判らない以上、自ら内部通報する動機がない。
やはり、内部通報する可能性が一番高いのは、凍結保存中の精子を使って人工授精乃至は顕微授精させた張本人だろう。
私は、そこまで考えて、結局、櫻井先生に頼み込むのがベストな選択だったと結論づけた。
つづく
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