第506章“案の定、疑似セックスが功を奏した”と自慢する有紀の言葉を、何となく聞いていたが、人工授精前夜のディルド行為の事を指していることだけは、たしかだった。
そして、有紀は続けて“あの閃きは本物だったのよ”と手放しで歓ぶのだが、私は、その時点で、有紀の妊娠が、彼女にとって、或いは私にとって、どういう意味があるのか、判定に迷っていた。
有紀は、当然のように、“姉さんの精子が妊娠させてくれた”と、何度となく口にした。
理屈の上では、中身は竹村の精子だが、たしかに、その凍結保存精子を、どのように扱うかは、私の裁量内だったが、あくまで、精子は竹村のものであり、私の精子であるわけがない。
母ではなくても、有紀の頭が狂っているのではと、正直不安になった。
単に、劇中の人物のような感覚で、“姉さんの精子”と表現するのか、私の所有物だった“モノ”を指しているのか、判定が出来なかった。
仮に、有紀が、どこかで、何かを倒錯的に捉えているのだとなると、これは厄介だった。
まさか、そんなわけはない、私は、そう思いこもうとしたが、どこかに不安が残された。
この、私の杞憂は、内部で膨らんだ。
出来ることなら、有紀のお腹の子が女であることを望んだ。
女の子であれば、“圭”と名づけることはないだろう。そして、“ゆき”と“圭”が関係を持つことがないことを祈った。
しかし、仮に女の子だった場合、“りょう”と云う名前をつけられても、文句が言える筋合いではなかった。
そして、有紀は、必ず“りょう”と云う名前を選択するに違いないと、私は確信していた。
しかし、考えてみると、私たちが見本のようなもので、男の子でも、女の子でも、性的関係は成り立つのだから、どちらでも杞憂は現実になる。
いや、そうなる可能性の問題だけど……。
有紀は、そこまで計算づくに企んで、竹村の精子が欲しいと言ったのだろうか。
どこまでが、悪戯心であり、どこからが、本気なのか、私は疑心暗鬼に陥っていた。
有紀と私の関係だけなら、竹村の凍結保存精子で、有紀が妊娠することには、姉妹の愛情とか、同性愛の確認と云う意味で、納得できたのだが、その子供たちの関係にまでは、気が回らなかった。
この棘々しい(おどろおどろしい)想像が、私の杞憂であれば良いのだが、そこまで、有紀が考えていたとなると、少し異常に思えた。
ただ、どのような厄介や、困難が訪れるのか、想定してみたが、具体的な問題が浮かんだわけではなかった。
私たちが、そうであるように、何も起きないのかもしれない。
粘着性の強い関係が生まれるわけだけど、それが不都合な関係かどうか、私は判断できなかった。
結局、その関係は、忌むべきものでもないし、怖れる必要もなかった。
私の杞憂の原因は確かだったが、杞憂なことが起きたからといって、必ずしも、悲劇が起きるわけでもなかった。
当事者たちが、不幸になるわけでもなかった。
逆に、とても、心地よいぬるま湯の中で生きられるし、常に、母親の胎内で、羊水に包まれ、眠っているような安らぎさえあった。
私は、踏ん切りのつかない気持ちを抱えたまま、次の舞台の稽古に突入していた。
珍しく、何度となく、福田君から演技への注文がついた。
実際は、福田君自身が、劇中の私の役への解釈が、コロコロ変わってしまうのが原因だったが、本人に自覚はなかった。
周りの連中も、福田君の演出に惑わされ、迷い道を彷徨っていた。
私は、五回目の彼の“駄目出し”に切れた。
私が切れたことで、周りの連中も、それぞれの不満を演出家に突きつけた。
つづく
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